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「迷子の自由」
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迷子の自由 星野 博美 (2007/02) 朝日新聞社出版局 この商品の詳細を見る |
子供が生まれる前は気持と懐具合の相談一つで「エイッ!」と日本の地を飛び立つ事だって簡単だったっけ。。あ〜もう何年海外旅行に行ってないんだろう。
カメラ片手にぶらっと散歩に出る著者。それは近所の路地だったり、遠い異国だったり、自分が何者なのかを知りたくて、居場所を求めてさまよう旅の心象風景にmariruも心を傾けてみました。
中国や香港での思い出が多く語られるなかで、一番印象的だったのがインドについて書かれた一文。
「インドってところは訪問者の生き方を劇的に変えたり価値観を覆したりする破壊力を持つところらしい。インドに行ってそんなことを何も考えないのは、よほど強固な世界観をあらためて持った人間か、よほど鈍感な旅行者である。ただでさえぐらぐらしている自分の行き方が、これ以上揺らぐのは困る。あるいは何も感じずに帰ってきて、自分が鈍感な旅行者である事を自覚したくない。」
こんな事をつらつら考え著者はインド行きを躊躇してたようですが、実際にインドが与えた衝撃は大きかったようです。以下本文抜粋↓
「サイエンス・フィクション」
インドの風景に目が慣れてしまうと、東京に戻った時のショックが大きく、日常に復帰するまで時間がかかる。インドは後遺症が長引く土地である。
なぜ、視界の中に動物がいないのだろう。こんなに雨が降っても道がぬかるまないのはなぜだろう。アスファルトはなぜこんなに水を吸うのだろう。なぜ東京では一言も発することなく物が買え、乗り物に乗れるのだろう。なぜこれほど複雑に入り組んだ列車が、事故も遅延もなく毎日走り続けられるのだろう。
目を閉じ、目の前広がる東京の風景にインドの日常をぬりえのように重ねてみる。そこの軒先やアーケードの上を猿の親子が走り回り、銀行前の通りを牛やロバがゆきかい、歩道橋の上では牛が涼んでいる。雨が降ってそこらじゅうに水溜りが出現すると、どこからともなくアヒルの大群がやってきて、羽を広げ、水浴びを始める。駅のホームで焼きとうもろこしを食べていると、山羊が集まってきて、とうもろこしの葉をせがむ。電柱に張られたポスターは山羊に食べ尽くされ、貼っても貼ってもイタチごっこ。道路を走るバスが行く手を阻む水牛の群れにクラクションを鳴らし続けている。
わくわくしてくる。そして目を開け、そんな動物達はどこにもいないことを知り、落胆する。
牛や豚や鶏はいるけれど、彼らは切り刻まれてプラスチックの皿に載せられ、肉屋やスーパーの店頭に並んでいるだけ。かろうじて姿が見えるのは、愛玩用に改善された、サイボーグのような小型犬ばかり。この世界には蠅一匹飛んでいない。
自分の属する世界が、ふと、サイエンス・フィクションのように思えてくる。
これを読んで、当たり前と感じてきた日常に一陣の風が吹き込んで来たような感覚を味わいました。ほっておくと錆び付いていく五感、磨かなくちゃいけないなぁ・・・・。
- [2007/06/16 11:46]
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